札幌地方裁判所 昭和48年(モ)824号 決定 1973年9月10日
申立人の表示別紙申立人目録記載のとおり
主文
本件申立をいずれも却下する。
理由
一本件申立の理由は、別紙訴訟救助申立書記載のとおりである。
二よつて案ずるに、申立人らがいわゆる環境権、人格権、土地所有権・占有権並びに漁業権の侵害を理由に別紙申立人目録記載のとおり選定当事者となつて被告北海道電力株式会社が伊達市長和町内に建設を予定している重油専焼火力発電所の建設の差止めを求めていることは記録上明らかであり、右訴訟の追行に当つては、そのすべてが訴訟費用(民事訴訟費用等に関する法律二条参照)に該当するかどうかはともかくとして、申立人らの主張するような種類の経費を要するであろうことは容易に理解しうるところであるが、本訴がいわゆる公害予防訴訟であるからといつて、その一事によつて当然に訴訟上の救助が付与されることにはならないし、申立人ら主張のようにその勝訴の結果が関係住民の全員に及ぶものであるとしても、そのこと自体から申立人らに所要の訴訟費用の支弁を命ずることが公平の原則に反するものとすることはできない。けだし、民事訴訟法一一八条所定の「訴訟費用ヲ支払フ資力ナキ者」とは訴訟費用を支払つたとすれば自己および家族の生活を困難にすると判断される者をいい、その有無は、当該事件における訴訟費用の支払をなすべき個々の当事者の具体的な資力と支払を要する訴訟費用の額との相関関係において決定せられるべきものであつて、本件の場合においては、申立人らの資力を衡量するうえにおいて、申立人らを選定当事者と定めた当事者(選定者)の資力をも考慮すべきこと及び本訴は申立人らとその選定者合計二五五名よりなる主観的併合訴訟であつて、右訴訟の追行上必要とされる書類の送達料、証人・鑑定人その他の出頭旅費、日当等の通常かつ共通の支出については右二五五名によつて分担されるのがむしろ普通と解される点をのぞけば、とくに本件を他の通常事件と別異に扱わなければならない根拠は見出しがたいし、また、訴訟上の救助は訴訟費用の支払を猶予するにとどまり、その支払の終局的な免除を目的とするものではなく、申立人らが本訴において勝訴すれば、訴訟費用は原則として敗訴被告の負担に帰せしめられ、申立人らが勝訴にかかわらず、その訴訟費用をも負担しなければならない事態は、通常では起りえないからである。
三そこでまず、申立人らにおいて差しあたつて当裁判所に追納しなければならない本訴の申立手数料について見るに、その額は別に当裁判所が決定したとおりであるが、申立人ら(選定者を含む。以下同じ。)のうち、いわゆる環境権及び人格権又は環境権に基づく妨害予防請求権のみを請求の原因として主張するものの追納すべき手数料額は、いずれも金一七五〇円にすぎないのであり、現下の経済事情を考慮すれば、同人らの職業、収入等の個別的事情をしん酌したとしてもなお納付しえない金額とは認められないし、また、土地所有権・占有権又は漁業権に基づく妨害予防請求権(この漁業権に基づく妨害予防請求権については、その趣旨は、申立人らが有珠又は伊達漁業協同組合の有する漁業権を、右各組合の組合員たる資格において行使しうる地位に基づく妨害予防請求権を行使するにあるものと解される。)を請求の原因として主張するものについては、その最多額として申立人上村松義において納付すべき選定者菊地静夫の分としての金七万七〇八〇円があるが、それは、右選定者において固定資産評価額の合計額が金二八三〇万六二四一円にのぼる土地所有権に基づく妨害予防請求権を行使していることによるもので、一般にいわゆる固定資産評価額が時価を下回ることは当裁判所に職務上顕著であるし、本訴自体が既発生の公害等により財産権等を侵害され又は収入が減少・喪失せしめられたことを理由とする損害賠償請求訴訟とその趣きを異にし、右選定者において現に右土地所有権を行使しているを当然の前提とするものであつて、その結果においてなお同選定者において財産上の利益をあげえない特段の事情の存在を疎明するならばともかく、そうでない以上前記手数料をも納付する資力がないとは考えられない。またこれら申立人らのうち他のもので追納すべき手数料額が比較的高額となつたものについても、事情に若干の差異はあるにせよ、いずれも既得の財産権等の保護を主張する点においては右菊地の場合と同様であつて、別に命じた手数料を追納すべき資力がないものと考えることはできない。
なお、申立人らが主張する送達人、証人、鑑定人等の出頭旅費・日当等訴訟追行上通常必要とされる経費についても、前記事情のほか予想される金額と前記のように申立人らの数が二五五名にのぼることなどを考え合わせれば、これらの費用を申立人らにおいて負担できないとは考えられない。
もつとも、申立人らの中には年間所得額が零というものがいるが、これらは家族の一員であるのがほとんどであつてほかに資力を有する世帯主等がいる場合であり、しかも、右所得額は納税のための申告にもとづくものとみられるところ、これが現実にも無収入・無資力を意味しないことは、本件記録中の伊達・有珠両漁業協同組合作成にかかる個人別出荷高調書等に徴して明らかであるから、これらのものが社会的にみてとくに低度の生活状態にあることを疎明すべき資料のない本件では、申告所得額が零であるからといつて直ちに前述した程度の訴訟費用の支払能力すらもないとは認められない。そして、このことは、学生であつて自己の労働収入のないとみられるものについても同様であり、本訴の申立手数料や訴訟追行上必要とされる送達料等の通常費用の支払能力もないとは認められないのである。
四申立人らは、本申立の理由として、本件訴訟の追行上必要とされる鑑定、検証その他に要する諸費用についても言及するのであるが、右の諸費用については訴訟上の救助を付与するか否かについては、その費用の具体的な必要が生じた時点において、前記のようにその費用額と申立人らの資力を相関的に考慮して判定すれば足りるのであつて、当事者双方の主張すらも充分にかみ合わず、証拠の申出もなされず、したがつていかなる証拠調を必要とし、その費用としていくばくを要するかを概括的にすら把握できない本訴の現段階において、これらの諸費用をも一括して訴訟上の救助を付与すべきか否かを判断するのは相当ではない。
そして、本件記録にあらわれたすべての資料を検討して見ても、申立人らにおいて本件訴訟に関する以上の諸費用を支払う資力がないことを疎明する資料はない。
五以上のとおりであつて、申立人らの本件申立は、結局その疎明がないのであるから失当として却下し、主文のとおり決定する。
(原島克己 太田豊 末永進)
申立人目録<略>
申立の理由
一、本訴は、被告が計画している出力七〇万キロワットの重油専焼火力発電所の建設を、原告らの環境権、人格権、土地所有権、漁業権の侵害を理由に、未然に差止めんとするものである。既存の大容量重油専焼火力発電所周辺では、程度の差こそあれ、排煙による大気汚染、温排水による漁業被害が発生していることは公知の事実であり、本件訴訟は原告らが勝訴する見込みが充分ある。
二、本訴は単に原告らの個人的な財産権、人格権等をを保全するというより、伊達地方全体の自然環境、生活環境を保全することを目的としている点に特色があり、勝訴となれば、その結果は関係住民全員に及ぶ。この意味で本訴は公共の利益を追求するもので、その裁判に要する費用をひとり原告らだけに負担させるのは公平の原則に反する。本訴は、発電所建設前に行われるべき公聴会的性格をも有する。被告が十分な事前調査をし、行政が監督責任を尽していたとすれば、本訴は必要なかつた筈である。行政の怠慢から原告らは本訴提起のやむなきに至つたとさえいえる。
三、本訴の提起追行には多大の経費を要する。
本訴の提起追行には、訴状貼用印紙、送達料、証人、鑑定人の旅費日当等の裁判費用のほか訴訟準備、立証準備のための調査研究費、通信交通費、書類謄写費等の当事者費用および代理人に支払うべき費用報酬等の経費を原告らは負担しなければならない。特に本件のような公害未然防止の訴訟にあつては、本州各地の火力発電所の検証、大規模な実験を伴なう鑑定、各地に所在する多数の証人尋問等、訴訟の進展によつては、莫大な経費を要すると予測される。これらの経費を原告らが負担することは、実際上不可能であるから、訴訟救助を付与されないときは実質上憲法三二条に保障された裁判を受ける権利を奪われる結果となる。
四、原告および選定者らはすべて普通の農漁民、労働者、公務員医師およびその家族であり、換価可能な余裕資産はなく、年収もおおむね二〇〇万円以下である。前記のような莫大な経費を負担することは、原告ら自身およびその家族の生活に悪影響を与えることは明らかである。とくに、農漁民は被告が無謀にも本件火力発電所の建設工事を強行しようとしているため、これに反対する種々の活動に本来生産に従事すべき時間を割かざるをえない実情にある。
五、以上の理由により訴訟救助を付与されるよう申立てる。